横浜市三千分一地形図
http://www.city.yokohama.jp/me/machi/kikaku/cityplan/gis/3000map.html
Google Earthのkmlファイルで横浜市の過去の1/3000の地形図を閲覧することができます。この時代に1/3000の地図が整備されているとは知りませんでした。早速,kmlファイルをダウンロードし,Google Earth上で透過表示としてオーバーレイしてみると,

こんな感じになります。上大岡駅周辺なのですが,ちょっとずれてますけど良い感じで重なっています。もちろん,重ならないのは,地形図の誤差とかいろいろな要因があります。そういえば,戦中戦後直後の地形図って,写真測量なんだろうか...。
地形図の詳細については,上記URLに記載されています。
「三千分一地形図」は、1919(大正8)年の旧都市計画法の成立を契機に、都市計画策定の基礎資料として作成されたものです。 横浜市では、1921(大正10)年から「三千分一地形図」作成を目的に、詳細地形図測量に着手しています。この取組は関東大震災により中断を余儀なくされましたが、1925(大正14)年から改めて測量の取組を開始しました。 その取組にあたっては、欧米の都市計画の基礎資料を参考にしています。縮尺3000分の1、東西2400m、南北1800mの図郭とし、当時の横浜市域を53図葉でカバーする計画でした。 現在残っている地形図を見ると、戦前では1938(昭和13)年まで詳細地形図測量に基づいて三千分一地形図が作成されていたことが確認されますが、その後は厳しい戦時体制となり、郊外部を対象とした三千分一地形図作成は陸地測量部(現在の国土地理院)が作成した一万分一地形図を三千分一に拡大して利用していることが分かります(これらの地形図には「仮製」と表示されています。)。そして1949(昭和24)年から1950(昭和25)年には、戦前に地図作成ができなかった金沢付近の地形図が、最後の三千分一地形図として作成されました。
大正時代からはじまり,関東大震災や第二次世界大戦があったわけですが,戦後も継続して作成していたようです。
技術的な点としては,図葉ごとにkmlが分かれているのは不便です。いちいちダウンロードしないといけません。1つのファイルでシームレスに表示できるようになると,さらに便利になるでしょう。
とかく,kmlで表示可能となった点は,大きな進歩といえます。地図が好きな人にはたまらないでしょうが,小中学校の総合学習など,教育にも活用できるでしょう。国土地理院も,過去の地形図はじゃんじゃん公開して欲しいですね。
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